キャンパスの北側はアカザが生い茂っていた。その緑は濃く、夏の日差しを浴びて輝いている。風が吹くたびに、アカザの葉がざわめき、まるで何かを囁いているようだった。
大河口の記憶
豊原泥池渓は東に流れ、大河口という場所で興福渓と合流していた。その合流点は、子供の頃からよく遊びに行った特別な場所だった。水の流れがぶつかる音は、今でも耳に残っている。
父は地区供給販売協同組合の大河口支店で働いていた。当時はその仕事がどんなものかよく理解していなかったが、父が毎日忙しそうに働く姿が印象的だった。支店の建物は古びていたが、地域の人々でいつも賑わっていた。
父の寮での生活
中学時代は父の寮で一緒に暮らしていた。寮は簡素な造りで、狭かったが、そこでの生活は今思えば貴重な時間だった。朝は父と一緒に支店に向かい、帰り道では時々大河口の風景を眺めながら歩いた。
特に印象に残っているのは、夏の夕暮れ時だ。アカザが生い茂る道を歩きながら、父とその日の出来事を話した。父はあまり多くを語らない人だったが、そんな会話が今では大切な思い出となっている。
転勤の知らせ
中学3年生の時、父は大河口から転勤になった。その知らせを受けた時、私はこの風景と別れなければならないことに気づいた。アカザの茂る道、大河口の流れ、父の働く支店——すべてが私の日常の一部だった。
引っ越しの前日、私は一人で大河口まで歩いて行った。豊原泥池渓と興福渓の合流点に立ち、しばらく水の流れを見つめていた。その時はまだ、この風景がどれほど私の記憶に刻まれるかわからなかった。
キャンパスとアカザ
時は流れ、今私は大学のキャンパスで北側に生い茂るアカザを見ている。あの大河口のアカザと同じ種類だ。見るたびに、あの頃の記憶がよみがえる。
アカザは雑草として扱われることも多いが、私にとっては特別な意味を持つ植物になった。あの夏の日々、父と過ごした時間、そして変わっていく風景——すべてがアカザの緑と共に記憶されている。
キャンパスのアカザはこれからも茂り続けるだろう。そして私は、その緑を見るたびに、遠く離れた大河口の風景を思い出すに違いない。変わらないもの、変わってしまったもの、それらすべてが今の私を形作っているのだから。
